心のままに

拙い写真と、オバサンのつぶやきで、日々の雑感を綴ります

知らない街へ > 盛岡で・・~1~

盛岡で・・~1~

盛岡へは飛行機が遅れて 4時ぐらいにつきました

空港ロビーには 「歓迎 全国スポーツ推進委員研究協議会」と

大きな看板が掲げられていました

札幌からは女性3人男性8人の参加です

せっかくだから その前で 写真を一枚! と思ったのですが

空港バスが来ているから と 大急ぎでバスへ 強制移動! 

盛岡までの約1時間 外の景色を見ながら 揺られていました 

空港近くの案内板 宮澤賢治の「月夜の電信柱」ですね~

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盛岡駅前のホテルに着いたのはもう5時近かったのですが

夕食までの間に 女性グループで 周辺散歩に出かけました

すぐ近くの

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住宅街の普通のおうち ですが

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啄木が住んでいたのは この図のオレンジ色部分です

裏口から入って 4畳半のお部屋で 生活していたのだそうです

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この机で 書き物をしていたのでしょうか

北向きのお部屋で 冬はきっと とても寒かったことでしょうね

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私はあまり文学に詳しくないので 啄木が どんな作品を世に出したのか

有名な 「一握の砂」ぐらいしか知りません(恥)

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いずれにしても 文学で生活できるような時代ではなかったことは確かでしょう

このような粗末な家の一角を借りて

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必死で生活していたのでしょうね

家全体はなかなか立派な建物です

啄木は座れなかったであろう 南面の縁側に 美女ふたり 

14092408.jpg

左の 太ももが立派な方が私ですww

この後 宮澤賢治ファンの私は もっとステキな場所へ 出かけたのです

つづく
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エレアコさんへ

コメントありがとうございます

>説明ナシでも「アッ!花のんのサンだア!」と直ぐ分かりますよ。

あはは~
大腿四頭筋!ハンパないですからね~(^_^;)

>盛岡も宮澤賢治だけでなく沢山の文豪が存在していたんですねえ。

歴史ある街ですから偉人をたくさん輩出しているようです

2014.09.30 11:20 花のんの #- URL[EDIT]
慈恩さんへ

コメントありがとうございます

>連れ合いが生活を支えてくれたのでしょうか?

モチロン周囲の人の支えがなかったらおしまいですよね

>才能がある方は凡人とは、生活も考え方も違うのかな?

ん!たぶん・・・凡人の私には考えられません(恥)

>古事記伝を残された三重の本居宣長さんのお住まいも書斎は4畳半だったと聞きました。机が置ける広さがあれば、思いが書ければ幸せだったのでしょうね。

はい 本居宣長の家にも行きましたよ~
確かに、情熱はハンパないと思いますが、生きていくためにはゴハン食べないとね~ww

2014.09.30 11:18 花のんの #- URL[EDIT]
トドオスさんへ

コメントありがとうございます

>細っそ。折れそうだよ。

右のまちがいでは??
彼女はクラシックバレーのマドンナですから~(^_-)

2014.09.30 11:15 花のんの #- URL[EDIT]
くぅさんへ

コメントありがとうございます

>函館とも何かと縁のある方なので、ちょっと興味があります

そうそう 函館にもあちこちにいろいろな啄木関係のものがありますよね

>妻の節子さんは何かと苦労の多い人生だったようですね。
わたしだったら耐えられないかな

モチロン!私も耐えられません(恥)
でも当時は女性が自立して生活するのは難しい時代だったのですね
仕方がなかったのでしょう

2014.09.30 11:13 花のんの #- URL[EDIT]
ガリレオ二世さんへ

コメントありがとうございます

>盛岡ではかなりの窮乏生活で

啄木は生涯窮乏生活を強いられたようですが・・

>函館に居た時代には芸者遊びをしたなど、結構
遊び人で多大な遊興費が貧乏の要因などとする
説もあるようですがどうなんでしょうね。

そしてそれを歌などにして収入を得ようとしたのでしょう
配偶者節子さんのことなど考えていたのでしょうか

>ただ、自宅周辺が工事中で、騒音
でちょっとイラッとしています。

この時期になると北海道では急に工事が増えますよね
積雪前に、と思うのでしょうべ
なんだかなあって感じです

2014.09.30 11:11 花のんの #- URL[EDIT]
鍵コメさんへ

いつもコメントありがとうございます
公職がらみでも楽しんじゃいます(^O^)

2014.09.30 11:07 花のんの #- URL[EDIT]
山親爺さんへ

コメントありがとうございます

>ここでも確認できずですね(笑)

あはは~
お見せするほどでもないもので・・・(^_^;)

2014.09.30 11:06 花のんの #- URL[EDIT]

こんばんは。

さすが、バスケのアスリート・・・・説明ナシでも「アッ!花のんのサンだア!」と直ぐ分かりますよ。

いいですねえ。文学史めぐり。 盛岡も宮澤賢治だけでなく沢山の文豪が存在していたんですねえ。

楽しみです。

2014.09.29 19:08 エレアコ #- URL[EDIT]
行ったついでにが、良いですよね^^。

こんばんは~^^*
こうして、昔を偲ぶのも良いですね。
なんか不思議です。
昔の方は、詩人、作家、画家、絵描きさん、皆さん苦労もされてますが、その道で生きて来られていますよね。連れ合いが生活を支えてくれたのでしょうか?芭蕉のように、旅をしながら俳句を読んで、それでも生きて・・人が情に熱かったのでしょうか?
才能がある方は凡人とは、生活も考え方も違うのかな?
部屋が狭いとか、生活に対する思いはあまりなくて、自分が書きたい物を書く、その思いが強かったのでしょうね。古事記伝を残された三重の本居宣長さんのお住まいも書斎は4畳半だったと聞きました。机が置ける広さがあれば、思いが書ければ幸せだったのでしょうね。

才能のある方は、家族への思いは違った形になるのかな?なんて、ふと考えてしまいました^^;

2014.09.29 18:25 慈恩。 #2oMqC0Wc URL[EDIT]

エッ・・・左・・・・細っそ。折れそうだよ。

2014.09.29 17:50 トドオス #- URL[EDIT]

啄木は、函館とも何かと縁のある方なので、ちょっと興味があります。
新婚の家ですかぁ~
妻の節子さんは何かと苦労の多い人生だったようですね。
わたしだったら耐えられないかな。

2014.09.29 15:06 くぅ #Dv6DZoa6 URL[EDIT]
こんにちは!

啄木が身近に感じられる経験だったのではない
でしょうか。盛岡ではかなりの窮乏生活で、函
館駅長をしていた義兄に相談したけれど解決策
にはならなかったそうです。

函館に居た時代には芸者遊びをしたなど、結構
遊び人で多大な遊興費が貧乏の要因などとする
説もあるようですがどうなんでしょうね。

気温はそれほど高くはないけれど、穏やかで良
い天気です。ただ、自宅周辺が工事中で、騒音
でちょっとイラッとしています。

いつもありがとう(●^o^●)

2014.09.29 12:40 ガリレオ二世 #- URL[EDIT]
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2014.09.29 09:51 # [EDIT]
おはようございます

う~む、またまた残念
ここでも確認できずですね(笑)

2014.09.29 06:53 山親爺 #- URL[EDIT]

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